カジノのメッカ、マカオの歴史

カジノリゾートが多数あることで「東洋のラスベガス」の名を持つマカオ。実は正式名称を中華人民共和国マカオ特別行政区といい、中国の一部なのです。

ここでは、現在に至るまでのマカオの歴史をごく簡単に紹介します。

ポルトガルの植民地として

16世紀にマカオに上陸したポルトガル人は、マカオを東洋の貿易拠点として支配しました。中国とのさまざまな衝突や交渉を経つつ、1999年の中国への返還までポルトガルの植民地であり続けました。初期は貿易で繁栄しましたが、日本の鎖国や中国の動乱により東アジアでの貿易は弱体化し、17世紀には没落に陥りました。

現在でも、ポルトガル語は中国語とともにマカオの公用語となっています。

カジノのメッカとして復興を遂げる

マカオのカジノ産業は、16世紀にすでに下地があったと考えられています。マカオに滞在する人々の間で賭博が流行し、賭場があちこちにできたといいます。

1847年、没落したマカオの経済を立て直そうと、ポルトガル・マカオ政府は賭博産業を合法化、カジノが多数開業しました。

2002年には一社独占状態であったマカオのカジノ産業の国際競争入札が実施されます。これにより海外からの投資が増え、結果として観光客も増加。現在の「東洋のラスベガス」に相応しい地位を築いていったのです。